キリストの誕生日は嘘

キリストの誕生日は、12月25日。

キリスト教でなくとも毎年ケーキを買ってクリスマスを祝う習慣は根付いています。
信仰している方々はミサを行います。

でも、でもですよ。
実は、この日は誕生日でもなんでもないらしいんですよ。

新約聖書の「福音書」にさえ、キリストの誕生日はどこにも書かれていません。
ユダヤ教の聖典である旧約聖書もキリストの新約聖書も歴史的年代には詳しくないそうです。
聖書は、神話的要素が高いってことなんです。

じゃあ、キリストが生まれた年を西暦元年としていることだってズレてるってこと?
今年、本当の西暦何年なんだ?

認識は思い込みでできている

私たちは、キリストの誕生日は12月25日だと疑いもしませんでした。
世界中の人々の意識にはしっかりと記録されているんです。

つまり、人の意識とは思い込みでできているってこと。  

高校生の頃、なぜか体育で段違い平行棒の授業がありました。
体操部でもない女子は、
「できるわけないじゃん!」
と口々に言います。

やったことのない段違い平行棒で逆上がりなんてできるわけがないと思いがちですよね。

だけど、その時の私の頭の中ではこんな思いが浮かんでいました。
「できたら面白そう!」
面白そうの思考の中には、できない思考は共存していませんでした。

体操部の人以外、誰一人できない中私の番になりました。

そして、面白そうなことが起きたんです。

一瞬だったので自分でも「えっ!」って感じでした。
普通の鉄棒より太めの木の棒は、握る感触も全然違った感覚だったことは覚えています。
(できたことは、面白かったですね)

人は、思い込みを捨てるとできるんだと思いました。

私たちは毎日、思い込みの中で暮らしています。

 楽してお金は稼げないとか
 学歴がないと出世できないとか
 うちはハゲの家系だからと自分の薄毛を心配する。

これ、全部思い込みなんですよ。

楽してお金を稼ぐことは可能だし、
成功している経営者の大半は中卒や高卒だったりします。
もちろん、ハゲの家系に生まれてもハゲてない兄妹もいるでしょ。

で、ここからが大事なことなんですが、
思い込みの世の中は罠が多いです。

人の弱みにつけ込んだ商法がいかに多いか。
万が一に備えて・・・
いざというとき・・・
と巧みに不安心理を煽ってきます。

今回の新型コロナウィルスでもそうですよね。
トイレットペーパーがなくなるとか・・・

また、不景気になればなるほど不幸な話がもてはやされるそうです。
「困ってるのはあなただけじゃないんだよ」
と言っているかのようですが、実は全くのうそ。

人々に思い込みの種を植え付けてきます。

不幸を共感すると本当の不幸が待っているから気をつけてください。
信じるのは自分の感が一番ってこともありますよ。

では、今日はここまで

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